|
Place of scenic and historic interest
|

浄土宗のお寺。
|
寛永5年(1628)尾張藩祖徳川義直の家臣滝川直正が、名古屋城築城の余材をもって中区桑名町に創建し、戦時中に現在地に移る。滝川氏の菩提寺で境内には滝川一族の墓碑がある。
|
江戸時代の中頃東区新出来町に建立され明治の末頃現在地に移転した。通称『らかんさん』として親しまれている。
建築様式は一見城郭のような唐様南蛮風のデザインになっている。
|
文禄4年(1595)尋盛上人が清州に創建。中区の白川町を経て現在地に移転。山門は清州越し当時のものという。
|
愛知県印章協同組合の石碑
|
昭和22年尼僧学林がここに再建され、後に愛知専門尼僧堂も建立され厳しい仏門修行が続けられている。
|
宝亀山と号し浄土宗鎮西派。寛永20年(1643)尾張藩祖徳川義直が生母於亀の方(相応院)の菩提のために建立した。
慶安3年(1650)義直の遺体を当寺に安置して供養し、のちに定光寺に葬った。
山門額と本堂額は義直の直筆で本堂は寛永20年当時のものである。この寺はもとは東区山口町にあったが、昭和の初めこの地に移された。
|
もとは美濃にあって清州越しで中区大須に移った。その後昭和13年に現在地に移転。山門は清州越し以来のもの。
|
昭和3年(1928)建設。昭和51年改修の名古屋市登録有形文化財。
|
城山の森一帯には織田信秀が築いた末森城があった。父信秀の後を継いだ信行が兄信長に滅ぼされ、この城もわずか10年程で廃城になつた。
この城址に昭和11年に建てられたのが城山八幡宮である。初詣や夏の茅の輪くぐり、秋の七五三参りなどの参詣者で賑わう。本殿裏手には市内最大のアベマキの古木の連理木(一本の木が途中で二つに分かれた後再び一本にくっついている木)縁起がよいとされる。
|
境内の西にひつそりと建つ古い建物は旧昭和塾堂といい、昭和3年に青年団の社会教育の場として建設されたものです。現在は愛知学院大学院の研究棟として使われている。名古屋の記念すべき建物の一つです。
|
泉龍山と号し曹洞宗の寺。天文年間(1532-55)末森城主織田信行が父信秀の菩提を弔うため、末森村二本松(今の穂波町あたり)に創建した。恵心僧都作の聖観世音菩薩を本尊とし、弁財天画像を守護神として祀る。桃源寺の寺号は信秀の法名『桃源道見大禅定門』からとられている。この地には正徳4年(1714)に移された。
|
名古屋市の文化財。別名角竹ともいう。弁財天と共に竹生島より贈られたもの。
|
名古屋大学の西、鏡池通りに面したマンションにある寺です。徳川家康の第四子松平忠吉の菩提寺である。マンションの最高階に伽藍が建てられています。
撮影機材・Sony cyber shot DSC-P71
撮影サイズ・1200×1600高画質画像
撮影場所・名古屋市千種区
|