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Place of scenic and historic interest
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この辺りは昔下萱津宿で、萱津宿の中では一番大きい宿でした。現在の地名でも東宿、宿跡町など宿場の名残があります。
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仏教が伝来した宣化3年(538)よりわずか60年後の推古5年(597)伊勢甚目村(はだめ)の漁夫、龍麻という人が、江上庄の入り江(今の寺の東南200mあたり)で魚をとっていました。
その網に黄金の聖観音像がかかり、歓喜した彼は入り江の北にお堂を建て、像を納めました。これが甚目寺の始まりといわれています。
法隆寺や四天王寺に次ぐわが国有数の古刹です。
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国の重要文化財。銅板葺、四脚門、切妻造、寛永11年(1634)の建造。桃山時代の様式を残しています。
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国の重要文化財。柿葺、三間一戸楼門、入母屋造。鎌倉時代初めの建久7年(1196)の建築。聖観上人が寺の再興をはかっており、源頼朝の命で梶原影時が奉行となり普請したもの。また仁王像は運慶作と伝えられている。
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本瓦葺、三間三重塔婆。高さ28mで三重塔としは日本有数の高さを誇る。江戸時代初めの寛永4年(1623)9月の建築で、名古屋の両替商吉田半十郎政次の寄進による。
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撮影機材・Sony cyber shot DSC-P71
撮影サイズ・1200×1600高画質画像
撮影場所・愛知県甚目寺町、名古屋市中村区
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