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日陽山東昌寺。曹洞宗のお寺。創建は不詳ですが、大高城大手門近くにあったようです。
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毎年六月第四日曜日に御田植祭は優美な田舞があることで広く知られています。又、斎田で収穫されたお米は、熱田神宮本宮をはじめ各摂末社四十五社の祭典神事と、毎日のお日供祭にお供えされています。
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熱田神宮の摂社の一つで、宮簀姫命を祭神として仲哀天皇4年(195)に創建された神社です。御祭神の宮簀姫は乎与止命(おとよのみこと)の女(むすめ)で、日本武尊が東国平定から帰途この地に留まられ結婚された後、草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を奉安された場所です。草薙神剣は後に熱田神宮に奉斎されています。
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この地は古来火上社の境内地であったといわれ、寛永年間(1624-1643)に境外地になった後に稲荷社を勧請したと伝えられます。この付近は古墳群のあるところで、社も斎山古墳群となつています。
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この碑は明治43年熱田神宮角田忠行宮司が建てました。
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江戸時代にはこの橋はなく、少し南の大橋を渡っていたと思われます。明治の初めは細い木橋であったといわれています。念仏橋の由来は昔、渡っている途中で落ちそうになるため、念仏を唱えて渡っていたからだそうです。
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薬師寺は、元禄7年(1694)5月春光院五世の愚徹が建立したと伝えられています。
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もとは念仏橋の袂に祀られていたものがこの寺に移ってきました。
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地蔵の台座には地蔵大菩薩ときざまれていますが地元のひとは折戸地蔵とか新町西口地蔵尊といっています。
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この道標には「右 よこすか 左 ひらしま」と刻まれています
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大砂子墓地ともいわれ、墓地全体が砂で覆われています。大砂子遺跡ともいわれ、弥生土器、須恵器、中世漆器などが出土しています。縄文時代から弥生時代の貝塚の跡とも思われます。
撮影機材・Sony cyber shotDSC-P71
撮影サイズ・1200×1600
撮影場所・名古屋市緑区
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