最初のうちは、助けを求め、その場の状況を知らせ、色々なことを指示する電話であった。
やがて、それらの声は、絶望と、怒り、そして、残されたものへの愛を伝える声に変わっていった。
それらの声は、今、ツインタワーの高層階に閉じ込められた人々からの、最後の声として、何人かの人たちに記憶されている。
沢山の電話、Eメール、伝言メッセージの中で、彼らが残した、最後の言葉から、世界貿易センターの「最後の102分間」の恐るべき実態が明らかになる。
これらの資料は、多くの生存者の証言とともに、飛行機に直撃された階と、そこから上の階で起こった状況を、初めて公にするものである。
ニューヨーク・タイムズの記者により集められた、これらの最後の言葉により、今回の大惨事の、見えざる部分が明らかにされる。
最も被害が大きかったのは、ノースタワーの最上階の19のフロア階と、サウスタワーの最上階の33のフロアであり、死者、推定、2823人のうち、ニューヨーク・タイムズの調査によれば、少なくとも、その69%、1946人が、ここで、命を落としたと思われる。
それらの階へは、救助隊でさえ近づくことが出来なかった。
カメラマンが、犠牲者の顔を撮影することも出来なかった。
ツインタワーの窓際に群がる犠牲者の姿を、ただ、遠くから眺められるだけであった。
しかし、犠牲者の最後の声は、あたかも、はるか上空にいる人から届けられるボトルに入れられた電子メッセージのように、失われつつある世界の有様を伝えてきた。
ある男性は、ノースタワーの最上階にある、レストラン「Windows on the World」で、朝食を取る前に、「外のニュースは、何も無いのかい?」と電子メールを送っている。
ある女性は、動かなくなったスプリンクラーの先端を、同僚の男性が靴をぬいで叩いている、と報告している。
ある男性は、妻に、冷静な声で、保険証券のこと、下のフロアから凄い音が聞こえること、彼女と子供たちが彼のすべてだった、と話している。
一つ一つの電話の内容だけでは、ビルのあちこちで、物凄い速度で、被害が広がっていることは解からない。
しかし、それらの内容をつなぎ合わせると、上層階にいた人たちから届いた言葉は、破壊された場所の、広範囲に渉る、背筋の寒くなるような光景ばかりでなく、この残酷な状況下での、勇気ある、思慮深い、優雅な行動を伝えている。
事件の8ヵ月後、多くの生存者と、犠牲者の友人や家族が、犠牲者の記憶や、テープや、電話記録を集めた。
少なくとも、353人の犠牲者が、ツインタワーから、外部の人とコンタクトできたのである。
死を迎えた犠牲者から、話されたり、書かれたりした言葉は、犠牲者の家族の中だけで大切にしまっておくものであろう。
しかし、犠牲者の家族は、言っている。
最後の時間にあったことを、明らかにできるなら、公にしてもいいでしょう。
また、多くの犠牲者の家族が望んでいる。
単なる犠牲者の家族の思い出に留めず、勇壮無比な343人の消防士と、78人の救助隊員とともに歴史に残ることを。