ノースタワーの92階から、夫トムの電話を受けたIliana McGinnisさんは言った。
「もし、私の資料が、最後の時間に起きた出来事の、ほんの、ひとかけらでも明らかにしてくれるなら、私はそれを望んでいます。」
いくつかのことが解からないままになっている。
そのとき、使える電話は、携帯電話以外、殆どなかった。
ビルの爆発、崩壊により、物的証拠は破壊されてしまった。
犠牲者と遺族との会話は、死を迎える重圧の中で交わされ、遺族により、悲しみと思慕の念をこめて思い出される。
たとえ、断片的であっても、ひとかけらの情報が、他の情報と重なり合うように、そのときの、上層階の状況を照らし出すのである。
残された、これらの証拠は、直撃されたゾーン、または、それより上の階で、1100人以上の人々が、最初の直撃では、生き残っていたことを証明している。
サウスタワーで約300人、ノースタワーで約800人の人々がビルが崩壊するまで生存していたのである。
2機目の衝突後、サウスタワーの、上層階へつながる非常階段は、街路まで通じていた。
ニューヨークタイムズは、衝突ゾーンまたは、それ以上の階から、その階段を使って脱出した男女18人を確認している。
彼らが脱出した、全く同じ時間に、少なくとも200人の、他の人達は、下り階段から脱出可能なのを知らずに、屋上への扉が開けられるものと誤解して、屋上へと向かったのである。
「彼らが屋上を選択したのが命取りになりました」
脱出に失敗した夫、Sean Rooneyから電話を受けた、妻、Beverly Eckertは言った。
数百人が、飛行機が突っ込まなかったフロアに閉じ込められた。
たとえ、建物が最初の衝撃に耐えても、タワーに加わったねじれと曲がりが、致命的な大破壊を起こした。
階段の吹き抜けには、破壊された壁板が突き刺さり、ドアーは、ねじれた鉄骨に絡みついた。
もう少し時間があり、バールのような簡単な道具さえあれば、階段へ進めない人たちを、救助隊員が誘導できたであろう。
ノースタワーでは、「Port Authority」の少数の従業員の手で、行き詰まりになっていたドアがこじ開けられ、少なくとも、28人の人々が、86階および89階へと解放された。
しかし、これらの自発的、救助隊員は犠牲になった。
いずれのタワーでも、多くの人々が、脱出するチャンスを失っている。
あるものは、もうひとつ電話しようと、立ち止まり、あるものは、置き忘れた財布を取りに戻り、さらに、ある人は、人々をエレベーターから救出するとか、負傷者を介抱するとか、または取り乱したものを慰めるとか。