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飛行機新道開設
2011.03.18 |
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2011.3.18.




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1915年(大正4年4月15日)に武蔵野鉄道が池袋〜飯能間(43.8km)営業開始。 所沢飛行場と陸軍飛行学校で働く人達の為に武蔵野鉄道(現・西武池袋線)では駅を新設しました。 1938年(昭和13年2月19日)秋津〜所沢間(所沢より池袋方面に0.5km)に松井村駅営業開始。3月1日に「所沢飛行場駅」と改名しました。 やがて昭和15年11月1日に「東所沢駅」と改名しました。 当時はこの辺を茨原(ばらあら)と呼んでいました。現在の旭町です。 当時は電車は2,3両連結と車両も小さく、したがってプラット・ホームも非常に短いものでした。 駅の周辺は殆んど家もなく、南は見晴らす限り畠(はたけ)で、小高い台地の林の中に所沢組合病院があるだけで、ひっそりしていました。 この小さな駅からも出征兵士を送ったこともありました。 東京にも米軍の空襲が始まるようになり、この駅も昭和20年3月に閉鎖されました。 |
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この飛行機は朝日新聞社がイギリス国王エドワード6世の戴冠祝賀に、1937年4月6日、立川飛行場を離陸し、
15,357kmを94時間17分56秒(実飛行時間51時間余)でロンドンまで飛行した飛行機「神風号」です。
外国の著名な飛行機が失敗した難コースに、日本人開発のエンジンを搭載した日本人設計の飛行機が、
日本人パイロットの操縦で挑み、記録を作ったので日本中が大騒ぎでした。
所沢の洋画家・山路真護が機体のデザインをしました。
彼は明治三十三年(1900)に所沢町の上仲町(元町)に油問屋の長男として誕生、本名壱太朗、二科展を中心に活躍した洋画家です。
昭和二十五年には全日空のマークもデザインしています。昭和四十四年没。
★ ロンドン飛行の動画(You
Tube)紹介
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