飛行機新道開設
2011.03.18

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 2011.3.18.










昭和5年頃の飛行機新道 左・白い建物:所沢演芸館
正面に所沢飛行場


旭橋

飛行場開設にともない、明治44729日、所沢本通りから飛行場正門に至る土地を内務省道路敷用地として買収しました。
所沢停車場から飛行場まで飛行機を運ぶ為に、鬱蒼とした竹林(2町5反といわれた)の真中を切り開いて新田(日吉町)から
東川に至るまで広い坂道の道路が造られました。
ファルマン交差点から北に下がる、現在飛行機新道と呼ばれている道です。
この道ができるまでは分解した飛行機を貨車で運び所沢駅から牛車に引かせ坂稲荷前の横宿に入り、
東川沿いに飛行場まで、分解した機体を運んでいました。

  

当初は東川にかかる橋は土橋でしたが、昭和5年には巨大な赤御影石に画期的彫刻をし、欄干は青銅、タイルで装飾、
六角形の唐草模様をあしらった豪華な青銅の電灯を要所に取り付けたヨーロッパ調のモダンな「旭橋」が完成しました。
平成2187日に所沢市で4番目の国の登録文化財になりました。

飛行機新道は飛行場に勤務する人達、飛行場見学、地方から飛行学校の生徒や軍人に面会に来る家族や外出する軍人さん相手に種々の店が逐次出来、町は賑わいました。
模型飛行機屋、食堂、射的屋、刀屋、うどん屋、新道のガード下にあった並木商店では当時の飛行機の絵葉書、
飛行場見学の冊子、「飛行場見学記念」の旗や町の芸者の顔写真など土産として売っていました。

大正4年に開業した喜多川写真館では航空服姿や軍服で家族と一緒に記念写真をとる人が沢山いました。
館主の喜多川秀夫さんは軍人たちと顔なじみになり、徳川好敏大尉とも親しくなり飛行場での撮影を許可されて、
陸軍の公式写真も撮影するようになりました。
所沢飛行場の黎明期から太平洋戦争末期までの所沢飛行場にあった飛行機は殆ど余すことなく撮影しています。
お陰で世界の航空機の研究家にとって貴重な資料になっています。
昭和13年には飛行場に通う人や見学の人達のための飛行場前駅(後・御幸町駅)が開設さました。
同年に武蔵野鉄道にも茨原地区に松井駅→飛行場駅(東所沢駅)が開設されています。

 

飛行機新道の開設 将校住宅と下宿屋 浦町(有楽町)界隈の賑わい
天皇行幸と所沢の町 戦時中の所沢の町 町中の飛行機事故
所沢飛行場物語 日本の航空発祥地 所沢 日本初の航空機事故犠牲者
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初の実戦参加 青島攻略 所沢飛行場の歴史年表 東京第一衛戍(えいじゅ)病院所沢分院と
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フォール大佐と
フランス航空教育団
所沢航空参考館:南倉庫 所沢飛行場開設時の飛行訓練の様子を
載せた新聞記事

終戦前後の所沢飛行場 シベリアへ出兵 飛行機による東京初訪問
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砂川堀と掩体壕  所沢飛行場関連の散策マップ
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博史の昭和青春グラフィティー

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