2008.11.26~2011.10.29.



少々時間がかかりますが音声で民話が聞けます。



北秋津持明院のすぐ南、久米との境に柳瀬川の深い淵があり、曼荼羅(まんだら)ぶちと呼ばれていました。
昔ここには河童が住んでいて。毎年中元になると、河底から続いている穴を通って、笹井の竹坊(狭山市水富)と伊草の袈裟(けさ)坊(比企郡川島町)へ
みやげ物として曼荼羅淵で取った人間の「はらわた」を持って行くことになっていました。
それだから、人々は恐れて川へ入らなくなり、河童は中元のしたくが出来ずに大変困っていました。
ある日のこと久米の馬子が、馬を川岸の草むらにつないでおいたところ、突然悲鳴を上げました。驚いて駆けつけると、十歳くらいの子どもの頭ほどある河童が、馬の腹に食いついています。きっと人間の「はらわた」がどうしても手に入らない河童は、馬の「はらわた」でもと食いついたものでしょう。
そこで、馬子は大急ぎで馬を草むらから引き出し、持明院の坊さんに頼んで説教をしてもらいました。
その時、河童は涙をこぼしながら「今後この土地の人には決して悪いことをいたしません」という意味の証文を、坊さんに渡して許してもらいました。
そしてそれから後は、人の「はらわた」を取らなくなったとのことです。
この河童のわび証文は、永く持明院に伝えられていましたが、惜しいことに火災によって焼けてしまったそうです。


お話:故峯岸正雄さん  参考資料:所沢文化財と風土・所沢の伝説 内野 弘






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