所沢飛行場物語
開設 2006.05.01

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2008.4.20〜2011.8.15




2011.8.15




昭和18年9月5日、首都の水源地、山口、村山貯水池(現狭山湖・多摩湖)と東京の防空任務にあたる為に、防空第六連隊独立高射砲第二大隊が山口貯水池畔に新しく陣地を構築し、防空任務につきました。風光明媚の景勝地と知られた山口貯水池の海抜140メートル、玉湖神社西方300メートルの湖面上に突出した掌手形状台地30000坪、平地に兵舎、訓練用地、畑、山林あり、陣地は88段のだらだら階段20メートル以上の台地に、約15間、長さ50間の800坪の中に、中隊指揮所、通信算定、砲六門がありました。



山口陣地配備地図


高射砲陣地跡地はここです。



指揮所を中心に指先状に砲列が配置され、
砲台座は深さ1m50p、
直径5mの円形で側壁三ヶ所の弾薬機材庫に
30発の実弾が常備される。
中心には360度回転自由座に口径80ミリ砲
身長5m、た号連動電算式、
初速970m、高度10,000mに32秒で到着、
人員8〜9名で操作する高射砲が設置されて
いました。
他に、動かない20mm機銃1門、
小銃20丁、帯剣50丁、
自転車リヤカー3台、自動車無し、
人員180名、新兵16名、計2百余名の中隊でした。
出典:全日本高射之友山口会終戦五十周年記念誌)



山口陣地高射砲隊跡地 昭和54年撮影


第六分隊の砲側弾薬庫跡地 昭和54年撮影

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