2010.5.7~2011.1022.

創業明治15年開業『西洋料理 美好軒』
江戸道(銀座通り)の裏を流れる東川の北側には「うらまち」と呼ばれる町があります。
うらまちは、その名の通り江戸道の裏に位置するまちで裏町が浦町、そして「楽しみが有る町」と言う意味で有楽町と書かれる様になり、
現在の有楽町と呼ばれる様になりました。
この浦町は所沢飛行場が開設されると大正時代初期には町の指定地として遊郭や待合、カフエらが開業し花街が誕生しています。
芸者さんが行き交い、兵隊さんや三八の市で商売をした織物商らで賑わっていました。
浦町の秋田新道を北に上がると所沢初の洋食屋・美好軒がありました。
現在は割烹美好として町中で唯一の料亭として営業しています。
飛行場が出来た時に飛行機の教官として来日したフランスのポール大佐が好んで食べたカツレツ等が食べられます。

明治44年4月所沢飛行場が開設され、大正8年1月から15ケ月の間航空の先進国だったフランスからフォール大佐を団長に46名の将校が来日し
航空技術について指導されました。
一行が所沢飛行場に滞在中に秋田新道にあった所沢で唯一の西洋料理店だった美好軒がフランス将校御用達の料亭として使われました。

二代目松下喜助さんはフランス留学から西洋料理を学び美好軒に婿入り、その味は所沢飛行場の将校をはじめ、湯川博士や新渡戸稲造氏らにも愛されました。
店内にはビリヤードを始め電蓄ら当時ではまだ珍しい施設が完備され、所沢飛行場の将校やマスコミ関連の人達が毎晩通い大盛況でした。
ビリヤード場では時々大会も開催されています。
日本庭園や滝を備えた別邸も新設されました。(現在地)
![]() フランス将校とご主人 |
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| 別邸 | |
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![]() ![]() お抱え芸者衆 |
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![]() 庭で開かれた恵比寿会大園遊会 |
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