2006.5.14~2011.10.29.




  



町場で生まれ育った髭爺の戦前、戦後まもない頃の思い出です。
町場の子供達にとって夏休み前の楽しみが「お天王様」のお祭りでした。

浦町:有楽町にある八雲神社のお祭りです。町場の人達は昔から「浦町のお天王様」と呼び親しまれています。
昔は大通り(江戸道:銀座通り)に面した町場を表通りと呼び、東川を渡った「まち場」を「うらまち・裏町・浦町」と呼んでいました。
大正4年の町名改正で現在の「有楽町」と書かれるようになったようです。
「楽しみが有る町」有楽町・・・かっては、遊郭やカフエーが何軒も立ち並び、夜になると粋なおねえさんが紫色の布に包んだ三味線を抱えて行き交い、
あちこちから三味の音が聞こえる粋な花街でした。

普段は町場の子供達は親から立ち寄ることが禁じられていたまちでした。
学校から帰ってくると、早いうちからお風呂に入り、母親が用意してくれた新しい浴衣に着替え、隣の今田下駄屋で作ってもらった新しい桐の下駄を履いて出かけます。
昔は下駄も自分の足の大きさに合わせて作ってくれていました。
夕暮れを待たずに、お小遣いを握りしめ、近所の子供達と誘い合って出かけます。
坂のお稲荷さんの前の道(横宿)を通り、東川にかかる鳥居橋を渡り、浦町に入ります。
宵闇がせまる空にはコウモリが飛び交い、新調した下駄を放りあげると急降下で舞い降りてきます。
あちこちから浴衣姿の子供達が三々五々集まりお天王様に向かいます。

 
浦町の各家には祭り提灯と行灯が吊され、灯がともされています。
板塀に囲まれた春の家さんの前を通り風呂桶屋さんの角を曲がると沢山の夜店が立ち並んでいます。
夜店が並ぶ、なだらかな坂道を上がって行くと境内に到着、当時はお神明様から薬王寺にかけては大きな木が生い茂る森が続いていました。
現在の国道463も無く、社は鬱蒼とした緑に囲まれていました。

夏の疫病にかからないように神主さんのお祓いをすますと一直線に夜店へと走ります。
お祭りと言えば子供達にとっての一番の楽しみが夜店を見て歩くことでした。
坂を下り、三好亭らの遊郭の前に出て三浦橋を渡り、海老屋横町から大通りに出て、歌舞伎座の入口にあった玩具店:芙蓉堂のウインドウを覗いたりして帰途につくのでした。

町の風物詩・お天王様がやって来ると町場に本格的な夏がやってくるのです。
夏の思い出と言えば、昔は店先に竹製の縁台を出し、蚊取線香を足下に置き、夕涼みをしながら将棋を指しているおじさん達にまじって
将棋を楽しんだものです。
お盆様には家紋の入った提灯に灯をともし、ご先祖さまを迎える家族が行き交う姿も町場の夏の風物詩でした。



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