2008.5.30
2011.5.5~2011.9.17.
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| 1945年8月28日終戦から13日後に撮影された所沢飛行場 |
所沢飛行場の面積は、110万坪(365ヘクタール)。滑走路は、幅60メートル、長さ1,500メートル。
昭和20(1945)年5月の記録によると、
航空燃料40万リットル、自動車燃料6000リットル、機関砲弾14万発、80キログラム爆弾30、
100キログラム爆弾150などが集積されていた。兵員の最大は3,150名であったという。
これらの航空機及び兵器は、昭和20(1945)年9月以降、進駐した米軍によって、すべて破壊処分されました。
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終戦時に所沢飛行場には78機の飛行機が残されていました。
| 機 種 名 | 残 数 | 機 種 名 | |
|---|---|---|---|
| 一式戦闘機「隼」 | 26 | 襲撃機型(キ102乙) | 1 |
| 九七式重爆撃機 | 1 | 一〇〇式司令部偵察機 | 1 |
| 九九式軍偵察機 | 5 | 九八式直協偵察機 | 8 |
| 九五式戦闘機 | 5 | 四式練習機 | 2 |
| 輸送機 | 8 | 不明 | 1 |
| 一式双発高等練習機 | 9 | 九五式一型練習機 | 11 |
| 爆風から航空機を守るための掩体壕(えんたいごう)は、土塁大型機用39基、小型機用69基、 鉄筋コンクリート有蓋小型機用25基があった。 |
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