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所沢飛行場物語
開設 2006.05.01 |
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2011.3.17.
※終戦前後の所沢飛行場

昭和20年(1945)8月7日、近衛文麿特使をモスクワに派遣し対連合国和平仲介をソ連に依頼するため、大本営飛行班の4式重爆撃機1機は所沢飛行場で待機していましたが、翌日、ソ連が参戦した為に中止されています。
8月8日、6日に広島に原子爆弾が投下され、状況把握に大本営は広島原子爆弾調査団を所沢飛行場から正午に離陸、米子経由で夕刻広島に入っています。
8月15日、日本はポッダム宣言を受諾し連合軍に降伏し、太平洋戦争が終結しました。
8月17日、閑院宮春仁王以下陸軍参謀は、南方軍部・第7方面軍・第10方面艦隊司令部に終戦趣旨伝達のための大本営飛行班の4式重爆撃機で所沢飛行場から出発、上海=広東=ツーラン=サイゴン=シンガポール=サイゴン=南京を経て24日に帰航しています。
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