2006.11.202008.4.17〜2011.7.16~10.22~2012.4.25

所沢の町に関わる年表

江 戸 時 代
慶長8年 1603年 所沢村を三上山城守が開墾 (新編武蔵野風土記稿)
寛永16年 1639年 所沢の市の安全と繁栄を祈願した祭文が作られる。
文久 3年 1863年 9月25日 所沢の毘沙門開帳に行き初めて虎を見る。文久元年に府内に来し虎なり (指田日記)*元町の実蔵院
元治 2年 1865年 2月6日 所沢の薬王寺開帳、象の見世物・曲持ちあり、予も行き見物して暮れて帰る (指田日記)
明和 7年 1770年 所沢の市、この頃には月6回(三八の市)の六斎市に拡大する。
文化15年 1818年 大火 神明社、薬王寺及び民家142戸が焼失する。(2月)
慶応 2年 1866年 武州一揆がおこり、所沢の商家17軒が打ち毀しに遭う。
江戸時代は、地区名を上宿・中宿・下宿・裏町・上の宿と称す。

明 治 時 代
明治 6年 1873年 薬王寺を仮校舎に所沢小学校が開校 同9年同寺西側に2階建て校舎新築
仲町(元町)に芝居小屋:三好野亭(のちの三好野座)が開設される。(明治29年3月大雪の為倒壊)
明治 8年 1875年 大火 51戸及び土蔵・物置32棟が焼失する(2月)
明治 9年 1876年 埼玉県になる。所沢警察署は、第二大和田出張所第四一屯所として上の宿に発足(ファルマン交差点付近)
明治13年 1880年 大火 河原宿(宮本町)66棟全焼(3月)
明治14年 1881年 所沢村から所沢町になる。(10月) 上新井村本宿と久米村金山を合併
戸数685戸 人口約3800人位(推定)
明治15年 1882年 金山銀行設立(金山町に所沢最初の銀行)
大和田警察署所沢分署が所沢警察署となる。
明治16年 1883年 明治天皇の飯能行幸で総勢190人余りが所沢町内に宿泊する。(4月)
明治18年 1885年 大火 裏町より出火 裏町24棟 上仲町・下仲町62棟全焼、4棟半焼(3月) 弥左衛門火事
明治19年 1886年 連合戸長役場が薬王寺所有の敷地に新築落成する。(10月)
明治20年 1887年 街路取締規則が発布される。(7月)大通りの3っの大井戸が埋められる。(9月)
消防組が発足(一番〜八番まで、592人)
明治21年 1888年 所沢警察署、上の宿(旭町)から本町上の台(元町)に移転
川越区裁判所所沢出張所開設(10月)
明治22年 1889年 市制町村制により、所沢町、松井村、富岡村、小手指村、柳瀬村、三ヶ島村が誕生
所沢町は上新井字本宿と久米金山を含んだ町域となる。
所沢倶楽部が結成される。
金山町・御幸町に間口6軒、奥行25軒の縞座を設置する。(三八の市の日に売買)
間もなく各自店頭で商談
明治26年 1893年 所沢銀行設立(のちの三菱銀行)
明治27年 1894年 日清戦争。 所沢からも100名以上が出征
明治28年 1895年 川越鉄道が前年の国分寺〜久米川間の開通に続き、久米川(東村山)〜川越間が開通し、
所沢停車場が開設される。

所沢商業銀行設立(昭和18年7月、埼玉銀行所沢支店となる。)
明治31年 1898年 白井要作らが所沢英和学校を開校・寿町(所沢高校の前身)
明治32年 1899年 所沢小学校が薬王寺敷地より字三本木(寿町:現在地)に移転する。
明治33年 1900年 所沢飛白同業組合が結成される。 山田呉服店開店
明治36年 1903年 下仲町(寿町)に芝居小屋:雛澤座が設置される。
のちに、大正2年歌舞伎座→昭和30年代中央映画劇場→昭和57年(1982年)閉館

武藏織物同業組合設立、のちに大正10年に所沢織物組合に改称
明治37年 1904年 日露戦争勃発 市域から500名以上が出征、内50名近くが戦死。
翌年旅順陥落:町民と学校児童合同の祝勝提灯行列が行われる。
明治41年 1908年 所沢町に公衆電話設置(郵便局内)
明治43年 1910年 所沢小学校を会場に、織物品評会が開かれる。(2月)
所沢尋常高等小学校と校名がなる。(4月)(男子・女子両尋常高等小学校合併)
町立図書館が所沢小学校内に開館する。
明治44年 1911年 下仲町(寿町)に山田屋呉服店が新装開店する。(11月)
所沢町の電話開通式が所沢小学校で行われる。(3月)第1回 49本
日本初の陸軍飛行場が開設される。(4月)
所沢飛行場にて徳川好敏陸軍大尉がアンリ・ファルマン機で日本初の飛行を挙行。
戸数1286戸 人口6679人 児童数1045人 
農:280戸 養蚕:90戸 生糸:60戸 木綿織物製造:180戸 物品販売:55戸 料理飲食店:49戸
明治45年 1912年 薬王寺所有地の小学校が新築移転し、同校舎を改築し役所庁舎とする。
所沢郵便局を大字所沢590番地(元町:現中央公民館)に新築移転
明治天皇崩ず。

大 正 時 代
大正元年 1912年 陸軍大演習が川越、所沢、立川を「会戦地」として実施あれ、所沢町、松井村に要人が宿泊する。
大正天皇行幸 特別大演習御統監のため今上天皇当地に行幸。
尋常5年生以上飛行機新道に整列して奉迎。
大正2年 1913年 木村、徳田両中尉「ブレリオ式12型」機にて飛行中、町内柿ノ木台上空にて機体空中破壊のため墜落死
日本航空初の犠牲者。

若宮殿下奉迎。伏見宮、山階宮御兄弟、賀陽宮の四若宮殿下飛行場見学。
電灯点火 
中野気球隊が所沢飛行場内に移転する。
大正3年 1914年 竹田宮殿下奉迎。山田屋呉服店に宿泊(4月)
第一次世界大戦起こる。(7月)
第一次大戦に参加した航空隊の一部の凱旋あり、尋常科6年生以上所沢駅にて出迎え
夜間は町主催の提灯行列あり。
大正4年 1915年 武蔵野軽便鉄道、池袋〜飯能間開通(4月)
町内の区名が改称される。
上町区→本町区、上仲町区→元幸町、下仲町区→寿町、下町区→御幸町区、浦(裏)町→有楽町、
河原宿→宮本町、金山区→金山町区、日吉町区→日吉町区
皇太子殿下、高松宮殿下奉迎。皇太子殿下、高松宮殿下飛行場へ御台臨。
全児童旧金仏様跡(ダイエー前)に整列奉送迎。
大正5年 1916年 東久邇宮殿下奉迎。山田屋呉服店に宿泊(9月)
所沢実科高等女学校開校
大正6年 1917年 所沢銀行で、井戸に初めて動力ポンプを取り付け揚水する。
平岡徳次郎商店が中心となり湖月会が創設される。湖月縮誕生
大正7年 1918年 日吉町火災 7戸11棟焼失(2月)
第一次世界大戦終わる。終戦祝賀会を小学校南運動場で挙行。
所沢飛行場更に35万5千坪を拡張する。(12月)
大正8年 1919年 フォール大佐以下フランス飛行教官63名所沢飛行場着。
尋常科4年生以上拙速のフランス国歌で迎える。(1月)
シベリア出征航空隊凱旋し、児童職員所沢駅にて出迎え。
飛行場内に陸軍航空学校創設(大正13年に所沢陸軍飛行学校と改称)
大正9年 1920年 第一回国勢調査、総人口7899万人 内地5596万人 所沢町人口8674人(10月)
閑院宮殿下奉迎。航空学校卒業式にお成りの殿下を尋常科5年生以上奉送迎。
大正10年 1921年 東伏見殿下奉迎。航空学校へお成りの殿下を尋常科5年生以上が御送迎。
伏見宮殿下奉迎。航空学校へお成りの殿下を職員、児童代表が御送迎。
大正11年 1922年 所沢織物同業組合事務所が完成(元町交差点) 各井戸組合で簡易水道敷設するもの多くなる。
賀陽宮殿下奉迎。航空学校へお成りの殿下を降雪の為高等科生および実科高女生の代表者もて奉送迎。
川越鉄道を西武鉄道株式会社と改称
大正12年 1923年 関東大震災   所沢実務学校を所沢実業学校と改称する。
梨本宮殿下奉迎。航空学校卒業式にお成りの殿下を尋常科5年生以上が御送迎。
大正13年 1924年 所沢航空学校が所沢陸軍飛行学校と改称される。(5月)
本橋自動車商会乗合自動車開業(所沢ー三ヶ島ー箱根ヶ崎ー青梅 続いて、所沢ー川越間も開通。
フランスの飛行機(ドワジー大尉)が所沢飛行場に着陸、尋常科3年生以上が飛行場にて歓迎する。
大正14年 1925年 第二回国勢調査 総人口8346万人 内地5974万人 所沢町人口 10452人
久邇宮殿下奉迎。陸軍飛行学校卒業式にお成り、殿下を尋常科5年生以上の正副級長奉送迎。(10月)
御幸町川端にあった活動常設館を買収し所沢演芸館(のち名邦座)を設立
武蔵野鉄道 飯能ー吾野間開通
大正15年 1926年 所沢飛行場に着陸したデンマーク機を児童代表飛行場にて歓迎する。(6月)
所沢飛行場に着陸したポーランド機を児童代表飛行場にて歓迎する。(9月)
大正天皇崩御


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