所沢飛行場物語
開設 2006.05.01

2000 1 1
1 00 00

 2011.3.16.




「雄飛号」


「バルセヴァル」飛行船の実験や研究をもとに臨時軍用気球研究会は「バルセヴァル」を改造し飛行船国産の飛行船開発を開始し、作業は益田少佐の監督のもとに岩本周平技師の主務でおこなわれ大正4年2月に改造はほぼ完成し新しい飛行船が誕生しました。

4月21日、バルセヴァル改造飛行船命名式に陸海軍大臣臨席のもと「雄飛」と命名されました。

(名称は黒ビロードを切り抜き気嚢に貼る)

船名「雄飛」は後漢書・趙興伝「大丈夫当雄飛安能雌伏」から出所しています。

「バルセヴァル」飛行船にくらべ気嚢(きのう)がわずかに長くなり、さらに美しい流線型になってスピードもわずかに早くなりました。4月23日には東京訪問飛行、27日には連続7時間飛行、5月には夜間飛行試験、空対地無線通信試験、翌月6月には関東地方南部を3時間夜間飛行をしています。12月2日大正天皇即位式を記念して東京で開催された大正大礼観兵式に徳川大尉指揮のモーリス・ファルマン1913年型10機と共に雄飛号飛行船も参加しています。

大正2年2月明治44年9月着工の気球庫が完成しています。日本最初の鋼鉄架骨構造で飛行船格納庫・両側房・両戸袋塔を含み床面工事費を除き建造費42万8,000円の鉄骨大格納庫で、通称「雄飛号格納庫」の完成です。

大正5年1月、益田大尉、岩本技師らが搭乗し東京〜大阪間の大飛行が決行され、往航は所沢〜豊橋間を4時間、豊橋〜大阪城東練兵所間を5時間10分で飛行しましたが、復航は発動機の不調のため、分解して汽車で所沢に送り返されました。飛行船による初の東京〜大阪間の飛行でしたので雄飛号の名は全国的に有名になりました。

その後、2月には所沢=青森=弘前往復飛行、大正6年7月21日〜22日、所沢=仙台間夜間往復飛行を実施、21日午後6時30分所沢発、22日午前0時5分仙台着、22日午後5時仙台発、飛行中田中館愛橘博士設計による水平磁力計と磁気傾度計による夜間計器航法を実験しつつ午後11時25分所沢に帰還しています。

7月雄飛号飛行船の廃止が決定し任務が終了しました。

 

飛行機新道の開設 将校住宅と下宿屋 浦町(有楽町)界隈の賑わい
天皇行幸と所沢の町 戦時中の所沢の町 町中の飛行機事故
所沢飛行場物語 日本の航空発祥地 所沢 日本初の航空機事故犠牲者
民間飛行発祥の地 所澤 飛行船「イ号飛行船」 バルセヴァル飛行船
陸軍特別大演習 気球隊 雄飛号飛行船
陸軍航空学校・所沢陸軍飛行学校 陸軍航空技術学校 陸軍少年飛行兵 陸軍士官学校分校
陸軍航空整備学校 所沢陸軍航空整備学校
臨時軍用気球研究会 所沢飛行場の飛行機達 所沢飛行場での初飛行の日
航空大隊の編成と変遷 飛行場の拡張 遠距離屋外飛行
初の実戦参加 青島攻略 所沢飛行場の歴史年表 東京第一衛戍(えいじゅ)病院所沢分院と
憲兵分遺所
フォール大佐と
フランス航空教育団
所沢航空参考館:南倉庫 所沢飛行場開設時の飛行訓練の様子を
載せた新聞記事

終戦前後の所沢飛行場 シベリアへ出兵 飛行機による東京初訪問
所沢飛行場関連の散策マップ  所沢飛行場の変遷図 所沢飛行場と文芸 
三ヶ島葭子 与謝野晶子 田山花袋 
斎藤茂吉
中西吾堂
所沢航空参考館(南倉庫) 終戦時の所沢飛行場 
 所沢飛行場拡張区域図  飛行機命名法 YS11がやってきた
所沢飛行場の変遷図 所沢飛行場の歴史年表
航空発祥の地の由来と歴史    所沢飛行場の飛行機達
所沢陸軍飛行学校々歌♪歌が聴けます。 所沢飛行場開設時から大正期までの飛行機種
砂川堀と掩体壕  所沢飛行場関連の散策マップ

博史の昭和青春グラフィティー

故郷所沢の思い出、情報ら何でも書き込んで下さい。
写真もOKです。


【著作権をお持ちの方へ】
 このページは、個人の趣味で非営利で作成しております。
もし不都合がありましたら、大変お手数ですがメールにて
連絡をお願いします。
このホームペイジに使用している画像データー等の著作権は、全てそれぞれの原著者に帰属します。
商用目的での二次的利用などは制限されています。ご注意下さい。

File not found.