2002.8.11
2007.2.18〜2008.6.9.
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昭和30年頃の金山町商店街 ファルマン通りにあった店蔵 元・平岡徳次郎商店・昭和40年頃 現在はパチンコ屋 秋田家(井筒屋) 明治15年に建てられた蔵を囲む様に 店が建てられています。 以前は中心市街地活性化拠点 井筒屋町造商店 ![]() 所沢を代表する元糸商・秋田家 店蔵の横から見た塀、地形に沿ってユニークなカーブを描いています。 ![]() ![]() 秋田新道を入った所にあった三階建ての珍しい蔵 です。 明治〜大正時代に建てられました。 表面は崩れかかっていますが、中は立派に残って いました。 元秋田家の糸を置いていた蔵でしたがその後 銀行の担保物件を置いていました。 元町交差点にある糸傳。肥料商 計画道路のため、曳き家して復元された見世蔵です。 明治時代に道路のはす向いにあった紺出屋という 呉服屋から買取移築したそうです。 ![]() 老舗・深井醤油店の蔵 正面は旧市庁舎 ![]() 御幸町・横宿・鳥居橋の近くにある港屋質店 明治33年建築 手入れの行き届いた立派な見世蔵です。 |
変貌する所沢の町並ですが昔は立派な店蔵が立ち並ぶ町でした。 今でも数軒が残っていますが、新開発名のもとに消失しています。 所沢は明治、から昭和初期にかけて、織物の町として栄えました。 多くの織物関連の冨商が競って店蔵を造りました。 蔵造りの家 「空っ風」が名物の所沢は早くから防火構造として蔵造りが発達していました。 市内の店蔵は明治中期建造のものが多い様です。 文化年間(1804年〜1817年)の「秩父巡拝記」にも当時の蔵造りの店を混じえた様子が記載されています。 店蔵 土蔵造りの商家のことで壁の厚みが21cm以上あり、簡易構造の「塗屋」と区別されます。 二階は商品の貯蔵所、あるいは店員が寝る場合があり、家族は別棟の普通構造の家に住んでいます。 居宅は大火の時焼失するので「焼屋」とも言います。 火事の時には水不足の為に「火事は泥で消せ」と言われ商家には「用心土」という目塗りの土をカメに入れて 防火に備えました。
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