「健全な精神は健全な肉体に宿る」


と言う言葉があります。


一昔前はよくこの言葉に従って、体を鍛えていれば自然と精神も修練されて立派な人間になれる…と教えていました。


これの元となっている英語の諺は


A sound mind in a sound body


なのですが…実は上の日本で良く知られている言葉はこれの誤訳でして、本当は


「健全な肉体、そして健全な精神があれば申し分ない」


と言う意味なのです。とは言え、現在ではかなりの人が誤訳である事を知っているでしょうけれど(笑)


健全な肉体と健全な精神が共に手に入りますように…と言うちょっとしたお願いのような物でして

健全な肉体に自然と健全な精神が宿る…と言う意味ではありません。


健全な肉体さえ作れば、おまけとして精神も良い物が身につく…という事では決してないのです。


肉体の鍛錬と、精神の成熟は全く別の所にある

…という事を良く知っておく必要があります。


しかし、こういった文章が生まれると言う事は…やはり健全な肉体と健全な精神を両方手に入れるのは困難なことだと言う事でしょうね。


特に肉体に関しては、自分ではどうしようもない、生まれついての事もありますし…後天的なことも起こりえます。


しかし…難しいからこそ、この二つがそろった人間には不可能は無いと言えるほどの力がもたらされるのでしょう。


人間がその持てるポテンシャルを出し切った時には、想像以上の力を出せるものです。


下の言葉はある方の文章を私なりにアレンジしたものです。


神仏や超常現象になど頼らなくても


強い肉体と強い精神


それさえ持っていれば人間は何者にも負けはしない。


それが人間の「底力」と言う武器


だが、人間をやめた者にはその武器は手に入らない



私はこの言葉を人間賛歌として、人間の力強さを語ったものだと思っています


しかし同時に


人間であればこそ強くなれる


と言う戒めの言葉ですが…。


肉体的にか、精神的にか…どちらかは分かりませんが、人間であるべき部分を投げ捨ててしまえば人間としての強さは得られない…と言う事です。


私もこの底力を手に入れられる人間になりたいものです。

本当に…