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目の話
ソウルにて 新千歳空港の国際線待合室で搭乗10分くらい前に、左目の白目の部分に5ミリくらいの内出血のあることに気がついた。 こんなことは初めてなので、病院に行ってお医者さんに診てもらいたいが、もうそんなことをしている時間はない。 搭乗案内のアナウンスが始まり、どうしようかと不安に思いながらもそのまま飛行機に乗ってしまった。 しばらくしてから鏡を出して見てみると、内出血はどんどんと広がっていて、左目の左半分は全部真っ赤になっている。 ソウル空港でトランジットの待ち時間が2時間あるので、その間に医者に診てもらおうと思い、通路を通りかかったパーサーに頼んでみることにした。 このパーサーは機内でサービスをしている時に上手な日本語で話していたので、そのつもりで話しかけたのだが、どうも話がうまく通じない。 機内でいつも客に話しかけている様な会話は日本語で話せるのだが、それ以外のことはだめらしい。 結局、僕が目を指さすとそれを見て一瞬びっくりしたような顔をした。 ことの次第に気がついて、後は日本語と英語のチャンポンでのやりとりになった。 それでとりあえず判ったことは、機長がソウル空港に無線で連絡してみるということと、ソウル乗り継ぎのヨーロッパへの便は2日に1便しかないので、もし2時間後の便に乗れなければ明後日まで待つか、日本に帰るしかない、ということだった。 僕の連れは機内食を美味そうに食べ、ビールを飲んでいたが、僕はとてもそんな気分になれなくて、時々鏡で真っ赤に充血した目を見ながら、これからどうしようかと途方に暮れていた。 しばらくして、パーサーがやってきて僕に言った。 「空港には内科の医者しかいません。ほかの医者は空港内には入れないので、空港に車を用意してありますから、それで 空港の近くの病院へ行きます。間もなくソウル空港に着きますから、着陸したらドアの前で待っていてすぐ降りて下さい。外に日本語の分かる空港職員がいて一緒に行きます。」 そこで僕は覚悟を決めた。 なにしろ一番安いチケットを買ったから、多分便の変更は出来ない。 最悪の場合、ここで病院に入院するか、折り返し日本に帰る可能性もある。 僕は連れに「もし、乗り継ぎ便の出発時刻までにもどってこなければ、すみませんが一人で行って下さい。ローマに着いたら僕の荷物の中から頼まれてヨットに持っていく物だけ出して、後は処分して下さい。」と頼み、僕のトランクの鍵を渡した。 飛行機が着陸し、まだエプロンを走行している時に、パーサーは僕の所へ来て、ドアの所へ来るように言った。 僕は飛行機のドアの前に立ち、ドアが開くと同時にタラップを降りた。 20歳代の男の職員が近寄って来て、「付いてこい」と言う。 僕は救急車にでも乗せられるのかと思っていたが、乗りこんだのは乗客を運ぶリムジンバスで、ほかのお客も乗るのを待ってからターミナルビルへと 向かって走り出した。 リムジンバスの座席に二人並んで座り、彼が僕に日本語でなにか話をするのだが、良く判らないし、僕が日本語で質問しても良く判らないようなのだ。 ターミナルビルに着くと、彼は「時間がないから」と小走りで人の流れの中を行くので、僕は見失わないよう必死でその後を追いかけた。 入国手続きの所まで行くと、彼は僕にパスポートを出すように言い、ハングルで出入国カードを書いて渡してくれた。 入国手続きを終えると、更にターミナルビルの中を小走りで進み、空港の外にでた。 彼はそこでタクシーをつかまえて乗り込んだ。 空港から5分も走ると住宅や小さな商店街があるような所にでた。 そこの交差点でタクシーを降り、彼は周りを見回しながら、手に持った無線機で空港事務所と話していて、どうやら病院を探しているようだった。 周りを見渡してみると、僕の子供の頃にタイムスリップしたような昔懐かしい気がした。 歩いている人も、薄汚れた様な平屋か二階建ての建物も、ハングルで書かれた看板さえなければ、とても外国とは思えない、そんな感じの町並みだった。 その一角にあるレンガ造りの建物についている石造りの薄暗い階段を上ると、そこが眼科の病院だった。 ガラスのドアを開けて入ると、待合室に木の長椅子が幾つかあり、大理石のような石で出来た受付のカウンターがあった。 僕は子供の頃に行った歯医者を思いだした。 待っている人が二人ほどいたが、彼が受付の女性になにやら話をすると直ぐに診察室に呼ばれた。 中年の医者が、僕の目をのぞき込みながら、カルテに印刷してある目の図に出血の場所を書込み、その横に漢字で「1月」と書いた。 僕が知りたいのは、この出血がこれからどうなるかということだった。 もっと悪化して失明でもしたらどうしようとずっと心配していた。 目は普通に見えているので、そこまで悪くならなくても、治療のためこのまま日本に引き返さなければならないかもしれない。 それが一番知りたかった。 医者が彼に何か話しかけ、彼は僕に日本語で「あなたの目は疲れている」と言った。 僕が知りたいのはそんなことではない。 医者に日本語か英語が話せるか聞いたが、どちらもだめだと言う。 僕と空港職員が英語と日本語のチャンポンで話をし、それを彼が医者に質問する。 結局判ったのは、旅行は続けても大丈夫で飲み薬を一日3回で三日分くれる、一日に3回目薬を指す、ということだった。 とりあえずほっとして待合室に戻ると、間もなく受付の女性が薬の入った袋を渡してくれた。 当然ここでは健康保険は利かないから、請求額が高かったら海外旅行の保険を使わなければならない。 そんな心配が僕の頭をかすめた。 彼は僕にウォン(韓国の通貨)を持っているかと聞いたが、持っていないと答えると、自分の財布から紙幣を数枚取り出して支払いをした。 さっきのタクシー代も彼が払ったので、もしかしたら大韓航空が出してくれるのかなと思った。 時計を見ると飛行機を降りてからまだ30分くらいしか経っていない。 乗継の便に楽勝で間に合う、と思うと今までの心配は吹き飛んでしまった。 病院の外へ出ると「まだ時間が十分あるので空港まで歩いていこう」と彼は言い、歩き出した。 歩きながら英語と日本語のチャンポンでいろいろな話をした。 韓国では、英語を高校の授業で一週間に4時間ほど習うので、若い人は多少の英会話は出来るが、日本語は自費で日本語学校に通って習っているとのこと。 東京に一度行ったことがあるとか、韓国は景気が悪いとか、等々。 空港に戻り、出国審査を通過したところで、彼は僕に言った。 「さっきのタクシー代と病院の治療費は私のお金で払いました。1万7千ウォンです。」 僕は納得して、近くの両替所で2,000円をウォンに両替し、そのまま彼に渡すと「これでは多い」と言って、何枚かの紙幣を返そうとした。 僕が「あなたにはとてもお世話になったから、全部あげます」と言うと、彼はちょっと喜んだふうににっこりと笑って、それをポケットにしまった。 僕にとっては、失明するんじゃないか、ヨーロッパまで旅行に行けるのだろうかと、さっきまで思い悩んでいた重大事がたったの2,000円で解決するならこんな嬉しいことはない。 彼はローマ行きの便の出発ゲートの番号を言って、僕に行くようにと言うので、僕は彼と握手してお礼を言ってそこで別れた。 出発ゲートに着くと、もう搭乗手続きが始まっていて、乗客の列が機内へと動き始めていた。 その中に連れの後ろ姿を見つけ、背後から近づいていって背中をぽんと叩いた。 (「ローマにて」につづく) |